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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)147号 判決

昭和五五年(ワ)第一四七号事件原告

佐藤静子

昭和五五年(ワ)第八一〇号事件原告

佐藤光洋

ほか一名

被告

木下高政

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告佐藤静子に対し一九七万七九三八円および内金一七九万七九三八円に対する昭和五二年五月五日から、内金一八万円に対する本判決言渡の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告佐藤静子のその余の請求および原告佐藤光洋、同佐藤富子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告佐藤静子と被告ら間に生じたものはこれを六分し、その一を被告ら、その余を同原告の負担とし、原告佐藤光洋、同佐藤富子と被告ら間に生じたものは右原告両名の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

(昭和五五年(ワ)第一四七号事件、以下単に一四七号事件という)

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告佐藤静子に対し一二八〇万一六二二円およびこれに対する昭和五二年五月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告佐藤静子の請求を棄却する。

2  訴訟費用は同原告の負担とする。

(昭和五五年(ワ)第八一〇号事件、以下単に八一〇号事件という)

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告佐藤光洋、同佐藤富子に対し、それぞれ二五〇万円およびこれに対する昭和五二年五月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告佐藤光洋、同佐藤富子の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は同原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(一四七号事件および八一〇号事件につき)

一  請求の原因

(一) 本件事故の発生

日時 昭和五二年五月五日午後六時一五分ころ

場所 兵庫県宝塚市千種二丁目一番三六号先路上

態様 被告木下雅也運転 原告佐藤静子(以下原告静子という)同乗の普通乗用自動車(以下被告車という)がどぶ川橋らんかんに衝突したもの

(二) 原告静子の受傷、治療経過および後遺障害

1 受傷

顔面切創および挫創、両膝部打撲皮下溢血、頸部捻挫、右肩部挫傷

2 治療経過

(イ) 昭和五二年五月五日から同月一二日まで

宝塚市宝塚病院に入院(八日間、転医)

(ロ) 同月一二日から同五四年一二月三日まで

尼崎市関西労災病院に入通院して顔面整形手術施行

整形科入院 五六日間

通院実日数 三九日間

神経科通院実日数 三日間

(ハ) 以後自宅静養しながら白壁整形外科でマツサージ通院療養

3 後遺障害

左上眼瞼閉眼障害、頭部外傷後障害、左前額部知覚過敏症等

(三) 被告らの責任

1 被告木下雅也は初心者で運転未熟であつたのに不用意に急激発進、加速および蛇行運転をし、かつ前方注視、安全確認義務を怠つた過失により本件事故を惹起したから民法七〇九条により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

2 被告木下高政は被告車の保有者で本件事故当時これを運行の用に供していたから自動車損害賠償保障法三条により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

(四) 原告らの損害

1 原告静子の損害

(1) 治療費 一七九万三八六〇円

宝塚病院分 二四万三八〇〇円

関西労災病院分 一五五万〇〇六〇円

(2) 付添費 二万四〇〇〇円

一日三〇〇〇円宛八日分

(3) 入院中雑費 六万四〇〇〇円

一日一〇〇〇円宛六四日分

(4) 休業損害 二九八万四五九二円

原告は本件事故当時一カ月七万四五〇〇円と年間二六万円の賞与の収入を得ていたが本件事故による受傷のため症状固定(昭和五四年一二月三日)に至るまでの間に五回にも及ぶ手術のため入院をし、その間九四四日間労働が不能であつた。その間の休業損害は右金額である。

(7万4,500円×12カ月+26万円)×944/365日=298万4,592円

(5) 逸失利益 一一五五万四七七一円

原告静子は前記後遺障害のため労働能力の五六%を喪失したから満六七歳に達するまでの間の逸失利益をライプニツツ式計算方法により算出すると右金額となる。

(7万4,500円×12カ月+26万円)×0.56×17.880=1.155万4,771円

(6) 慰藉料 六五一万六〇〇〇円

入通院分 一五〇万円

後遺障害分 五〇一万六〇〇〇円

(7) 弁護士費用 一〇〇万円

2 原告佐藤光洋、同佐藤富子の損害

右原告らは原告静子の両親であるが同原告の本件受傷の部位、程度、治療経過、後遺障害等により多大の精神的苦痛を蒙つたからこれを慰藉するには各二五〇万円が相当である。

(五) 損害のてん補

原告静子は前記損害に対し左記金員の支払を受けた。

1 自動車損害賠償責任保険金および任意保険から

後遺障害補償金 六二七万円

右以外の分 四八六万五六〇一円

(六) 結論

よつて被告らに対し、原告静子は一二八〇万一、六二二円、その余の原告は各二五〇万円およびこれらに対する遅滞の日である昭和五二年五月五日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否および被告らの主張

(一) 認否

請求原因中(一)、(三)の2、(四)の2のうち原告らの身分関係、(五)の各事実は認める、同(二)の事実は知らない。その余は全て争う。

(二) 主張

1 好意同乗による損害額減額の主張

原告静子は被告木下雅也と同校の友人であり本件事故に至るまで数回六甲山ドライブを楽しんだことがあり同被告が運転免許とりたてで充分運転に習熟していないことを熟知していたのに、雨天で路面がぬれていた日に急カーブの連続する六甲山ドライブに同行したことは同原告においても慎重さを欠いた過誤があるから、過失相殺の類推適用ないし公平の原則により損害の一部は同原告自ら負担する義務があるというべきである。

2 損益相殺の主張 一一二一万二七五一円

原告静子は自動車損害賠償責任保険から合計七二七万円、任意保険から三九四万二七五一円(内休業補償費として支払つた分は三一二万八六四一円)の支払を受けた。

3 原告佐藤光洋、同佐藤富子の損害について

原告静子は本件事故当時一八歳で独立して職業を持ち自活可能であつたことおよびその外貌にもそれほどの醜状が残存していないことからして生命を害された場合にも比すべき程度の精神的苦痛を蒙つたものと考えられないから、右請求は失当である。

三  被告らの主張に対する原告らの認否

1 損益相殺の主張について

被告ら主張のような金員の支払を受けたことは認めるが、そのうち七万七一五〇円は原告主張の損害に対してなされたものではない。

2 好意同乗による損害額減額の主張について

なるほど原告静子は本件事故前被告木下雅也から二、三回六甲山方面へのドライブに連れて行つてもらつたことがあり、また同被告が運転免許取得後間もないことを知つていたが同被告が慎重な運転をすることを約束したから同乗したのであるから減額されるべきではない。

仮に減額の余地があるとしても慰藉料についてのみされるべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生事実については当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

(一)  被告木下雅也の責任

成立に争いのない乙第三ないし第九号証、原告本人佐藤静子、被告本人木下雅也各尋問の結果によると、被告木下雅也は、登り坂で右に急カーブしており、かつ雨で路面が湿潤していた本件事故現場の道路を、時速三〇km位で進行し右カーブの中間付近でハンドルを右に切りながら加速したところ滑走して対向車線を超えて右斜め前方へ進行したため、あわてて左に転把したところ今度は左斜め前方へ進行し路外の民家の石垣等に衝突したものであること、同被告は運転免許取得後一カ月余りで車両が滑走した場合の操作方法等に習熟していなかつたこと、の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件事故は同被告のハンドル操作不適確の過失に起因するものというべきであるから、同被告は民法七〇九条に基づき本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告木下高政の責任

被告木下高政が被告車の保有者で本件事故当時これを運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがないから、右事実によれば同被告は自動車損害賠償保障法三条に基づき本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

三  原告静子の受傷、治療経過および後遺障害

成立に争いのない甲第二、第四、第六、第八、第一〇、第一二、第一四、第一五、第一七、第二一号証、原告本人佐藤富子、同佐藤静子各尋問の結果によると、原告静子の受傷の部位、治療経過は原告主張のとおりであること、後遺障害として顔面瘢痕(左眼瞼に長さ二・五cm、幅一cmの瘢痕、右眼瞼に、受傷によつて生じた左眠瞼の二重瞼とバランスをとるため手術を行つた長さ三cmの創痕、左頬部に長さ約一三cmの線状痕、両耳介後部に採皮による長さ四cmの線状瘢痕)が存することが認められる。

四  損害

一 原告静子の損害

(一)  治療費 一七九万三八六〇円

成立に争いのない甲第三、第五、第七、第九号証、第一一号証の一、二、第一三、第一六、第一八号証により認められる。

(二)  付添費 二万四〇〇〇円

前掲の甲第二号証および原告本人佐藤富子尋問の結果によれば原告静子は前記宝塚病院に入院中の八日間付添看護を要する状態であり、母である原告佐藤富子がその間付添をしたことが認められ、右によれば一日三〇〇〇円宛計二万四〇〇〇円を付添看護費として認めるのが相当である。

(三)  入院中雑費 四万四八〇〇円

入院中の諸雑費としては一日七〇〇円宛六四日分計四万四八〇〇円が相当である。

(四)  休業損害 一〇七万〇八七九円

原告本人佐藤光洋、同佐藤静子尋問の結果によると、原告静子は本件事故当時日新電気株式会社へ勤務し夜は定時制高校へ通学していたもので、右勤務により一カ月七万五六八六円の収入と年間二六万円以上の賞与を得ていたが、本件受傷のため勤務ができなくなり収入も得られなくなつたこと、右勤務先会社は一年間以内であれば復職が可能であり、同原告はその間に復職することは可能であつたが結局復職しなかつたこと、なお学校は受傷した年の二学期途中から登校し、結局留年することもなく卒業できたこと、の各事実を認めることができる。

右事実に前示の同原告の受傷内容や治療状況に照らすと、同原告は受傷後少くとも八カ月間とその後の治療に要したものとして少くとも三カ月間は本件受傷と相当因果関係ある休業と認めるのが相当であり、そうするとその間の損害は左のとおり一〇七万〇八七九円となる。

(7万5,686円×12カ月+26万円)×11/12ケ月=107万0,879円

(五)  逸失利益について

原告静子は後遺障害に基づく逸失利益の請求をするが、同原告の後遺障害は顔面等における醜状痕であつて格別神経、機能等の障害を伴うものではないのであり、また同原告の職種に照らしてもその労働能力に影響を及ぼすとは考えられないから、一部の労働能力の喪失を前提とする逸失利益の請求は失当といわざるを得ない。

しかしながら未婚の若い女性としてこのような後遺障害による精神的苦痛は筆舌につくし難いものがあると考えられるから、この点は慰藉料額の算定について格別に考慮されるべきでありまたそれをもつて足りるものと考える。

(六)  慰藉料 一〇〇〇万円

前示のような原告静子の本件受傷の内容や治療経過、後遺障害ならびに同原告が未婚の若い女性であつて右後遺障害によつて受けた苦痛は多大であると認められること、その他諸般の事情を総合すると慰藉料額は一〇〇〇万円が相当である。

(七)  弁護士費用 一八万円

本訴認容額その他の事情を考慮すると、被告らが負担すべき弁護士費用は一八万円が相当である。

二 原告佐藤光洋、同佐藤富子の請求について

交通事故による受傷者の近親者も受傷者本人が死亡した場合に比肩しうべき程度の精神的苦痛を受けた場合には加害者に対して慰藉料請求権を有するものと考えられるが、本件の場合は未だこの程度に達したものといえないから右各原告の請求はいずれも失当である。

五  好意同乗による損害額減額の主張について

被告らは原告静子は好意による同乗者であるから過失相殺の類推適用ないし公平の原則により損害の一部は減額されるべきであると主張する。

しかしながら前掲の証拠によれば原告静子は定時制高校の同級生の被告木下雅也からドライブに誘われたためこれを承諾して同乗したというに過ぎず、それまでに何回かドライブに誘われて同乗したことがあり同被告が免許取得後間もないことを知つており、また本件事故時は降雨のため不安を抱いたものの同被告が心配ない旨答えたため結局同乗したものである事実は認められるけれども、この程度の事情をもつてしては未だその損害額を減額すべきではなく、他にその減額を相当と認めるべき格別の事情は認められないから、右主張は採用しない。

六  損益相殺

原告静子が本件に関し自動車損害賠償責任保険金七二七万円、任意保険金三九四万二七五一円を受領したことは当事者間に争いがないが成立に争いのない甲第二二号証の二によればこのうち七万七一五〇円は同原告の本訴請求外の交通費(二万〇二五〇円)およびメガネ代(五万六九〇〇円)として支払われたものであることが認められるから、これを控除した合計一一一三万五六〇一円が本訴請求の損害の支払に充てられたものと認めるのが相当である。

七  結論

以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、原告静子が被告らに対し前記四の損害合計一三一一万三五三九円から六の一一一三万五六〇一円を控除した一九七万七九三八円と内金一七九万七九三八円に対する遅滞の日である昭和五二年五月五日から、内金一八万円(弁護士費用)に対する本判決言渡の翌日から、各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める範囲内で正当であるからこれを認容することとし、同原告のその余の請求および原告佐藤光洋、同佐藤富子の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村田長生)

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